DTMスキルアップメモ - frenchbread

見習いボカロPがそこそこのボカロPになるまで、が描かれていくはずのブログ。

ボカロPのTwitterにおける振る舞いあれこれ

こんにちは、frenchbreadです。気が短いので、ペースが早いTwitterは好物です。2時間より長い飲み会は耐えられません。

 

Twitter、それはボカロPが集まって暮らす村

言うまでもなく、ボカロPにとってTwitterは必須ツールである。

ボカロPの主戦場であるニコニコ動画にはユーザー間でメッセージをやりとりする手段が基本的にないし、何よりTwitterは曲の宣伝に使えるからだ。

 

わたしがTwitterに抱くイメージは、「自分とフォローしている人・フォロワーで形成される村」である。

わたしが話すことは村の人にしか届かず、わたしに入ってくる情報も主に村人の声である。たまに外の世界から面白い情報を持ち帰って村に広める人もいる(リツイート)。

村は当然一人一人にとって違う形をしているのだが、この記事では「ボカロPから見える村」について語りたい。

 

まずボカロPの基本的な性質として、誰にとっても大事なのが曲の宣伝なので、村人=フォロワーを増やしたい。

もし村人が10人しかいなければ、村中にビラを撒いて曲の宣伝をしたところで1人聴きにくるかどうか程度だろうから、10人より100人、100人より1000人、1000人より10000人を望んでいる。

そしてボカロPどうしは、この利害がお互いに一致するのと、情報交換できる、話題があう、といった理由により、相互フォローが多い。

わたしのフォロワーはこれを書いている現在232人(ボカロPとしては少ない部類)だが、そのうち100人くらいはボカロPだと思う。数えたことないけど。

ボカロPに限らず同趣味の人たちでつながりあうことは普通かもしれないが、ボカロPたちはそれぞれ、仲間のボカロPがたくさん住んでいる村を形成しているのである。

 

近所付き合いには限度がある

このようにせっせと村を広げていきたいボカロPたちだが、少し困った問題があって、ある程度以上村を広げると、他の村人全員と付き合いきれなくなるという点である。

わたしはこの3ヶ月くらいで、ほぼゼロから上の数くらいまでちまちまとフォロワー数を増やしたのだけど、100人くらいからもう村中の情報をかき集める(タイムラインを隅から隅まで追う)のが辛くなってきた。

 

しかし幸い、この村には透明マント、それも自分ではなく相手に着せられる透明マントという便利なものが無限に常備されている。着せられた相手は自分が透明になっていることに(直接は)気づかない。

もちろんミュート機能のことを言っている。

 

というわけで、村の規模が少し大きくなってからのわたしは、しばらく相手を観察して「この人興味ないや・・」と思ったら透明マントを着せる、という悪行を働かなくては身がもたなくなってきた。

悪行と言ったが、ほとんどのボカロPは同じことを多少なりともしているはずだ。

 

嬉しい村人のふるまい

しかし、せっかくわたしの村に住んでいただいている方々だ。みんなに透明マントを着せては元も子もない。

かくしてわたしは注意深く透明マントをつける相手を選ぶ。

 

まずわたしが好む村人はどういう人かというと、こういう振る舞いをする人である。

①わたしの曲を聴いて感想をくれる、あるいは宣伝してくれる

②わたしに話かけてくれる、少なくとも話しかけたら返事してくれる

③とりあえずわたしの話を聞いてくれる(いいね反応など)

 

おおむね「ま、そりゃそうだよね」と思うだろうが、②は純粋に人に話しかけて欲しくない派の方もいるかもしれない。

そうでなくても、特定の相手にしょっちゅう話しかけられたり、しかもつまらないことを言われ続けたら厳しいものがある。いわゆるクソリプ問題である。

わたしは幸い小物であるためクソリプ被害はなく、今のところ無条件に嬉しい。

 

困った村人のふるまい

逆に言えば、次のような村人が透明マントの候補になる。

①自分の宣伝はしたがるが、相手には反応しない

②宣伝の頻度が非常識

③四六時中「パン喰った」「腹痛い」「あいつマジ糞」みたいなことを喋り歩く

 

①は、相互フォローなのに引用RTして紹介してもスルーされたことが数回だけあり、少々ムッとしてしまった。彼(彼女)の村でわたしが透明マントを着ていることは間違いないが、引用RTってそれでも通知が行くんじゃなかろうか・・

おそらく「よく知らない奴だしスルーしてもいいだろう」「正直この人あんまり好きじゃないしな」という(軽い)感覚だと思う。

前者だとしたら有名人を村に招いている(一方的にフォローしている)ようなものだし、後者だとしたら相性が悪いことになるので、いずれにせよこちらも速やかに透明マントを着せるのが得策と考えている。

 

②は意見が分かれるようだ。「2度や3度くらいの宣伝で終えている人は、曲を聴いてもらおうという努力が足りない」という誰かの発言も聞いたことがある。

けど、同じ内容のビラを短時間に集中的に撒かれたら、あるいは毎日のように郵便受けに入れられたらどうだろうか。興味を持つどころか徹底的に無視したくなる。

こういう人は「何回発信しようが、それを聞かされる村人は同じ相手である」ことをどう思っているのだろうか・・

※少し間を空けて発信したり、昔の曲をたまに再宣伝するといった行為は気にならない。また、他人の感想をリツイートするのはいいと思う(新しい情報だし客観的だから)。発表直後の曲を1日にただただ10回とか宣伝している人のことを言っている。

 

③はなんというか、無意味なことをベラベラ喋ってはいけないという村の掟があるわけではないし、規律が少ないのが村の世界(Twitter)のよいところなので、どうこういう筋合いはないのだけど・・。

あまりうるさいとどうしても透明マントを着せたくなるので、そういう方は損してるんじゃないかと思ったりはする。

(悩ましいのは、9割どうでもいいことを言ってるけど1割くらい面白いことを言う村人の存在で、馴染んでくると9割のほうも気になってしまうので、見極めが難しい。)

 

人のふり見て我がふり直せ

ここまで読んで同意という方もいるだろうし、ここは違う意見だなあという方もいるだろう。

確かなのは、どういう意見であれ「自分が相手にしてほしいように振る舞い、してほしくないと思うことはしない」ということだと思う。

 

って、なんだか小学校低学年向けの校長先生のお話みたいな結びになってしまったが、そういうことができない大人も案外いるなって思いませんか?